大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和63年(ネ)2269号 判決

主文

原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

〔申立〕

〈控訴人〉

主文同旨の判決を求める。

〈被控訴人〉

控訴棄却の判決を求める。

〔主張〕

次のとおり付加、訂正するほか、原判決事実摘示のとおりである。

1  原判決二枚目裏七行目の「大きく」を「大々的に」と改め、九行目から一〇行目にかけての「甲野太郎」の次に「(以下「甲野」という。)」を、一〇行目の「乙山春夫」の次に「(以下「乙山」という。)」を、末行の「検事調書等」の次に「の」をそれぞれ加える。

2  同三枚目表二行目の「東京地検」を「東京地方検察庁(以下「東京地検」という。)」と、同四枚目表二行目の「さた」を「させた」と、五行目の「された」を「させられた」とそれぞれ改め、同裏八行目の「事実」の次に「は」を、同五枚目表一行目の「職務」の次に「執行」を、末行の「丙川夏夫」の次に「(以下「丙川」という。)」をそれぞれ加え、七行目の「報じられた」を「掲載された」と、同裏二行目の「いう」を「みる」と、六行目の「知る」を「予見し」とそれぞれ改める。

3  同六枚目表三行目の「許されず、」の次に「そのような行為をするにあたっては」を加え、同行から四行目にかけての「捜査記録の」を「捜査記録に係る」と、五行目の「かかわり」を「関わり」と、七行目の「時」を「とき」と、同裏三行目の「条文」を「法条」とそれぞれ改める。

4  同七枚目表四行目の末尾に「なお、右相当の理由の有無は、表現の自由との関連からいって、一応真実と思わせるだけの合理的理由があれば足りるものというべきである。」を、五行目の「岸洋人」の次に「(以下「岸」という。)」をそれぞれ加え、同行の「東京地裁」を「東京地方裁判所(以下「東京地裁」という。)」と、同裏六行目の「高検」を東京高等検察庁」と、七行目の「最高検」を「最高検察庁」とそれぞれ改め、六行目の「岸は、」を削り、九行目の「滝鼻卓雄」の次に「(以下「滝鼻」という。)」を加える。

5  同八枚目表二行目の「甲野が、」の次に「滝野川警察署に勾留されていた時乙山から電話で、お前の供述調書を持っている、でたらめを言うな、と言われた旨、右供述調書は乙山が被控訴人から入手したものと思う旨及び」を、同裏九行目の「会談したが、」の次に「被控訴人は、逃亡中の乙山が自発的に警察に出頭すると言っており、甲野の家族同然の丙川が事件の経緯を知りたいと言ったので調書を渡したが、まさか乙山に渡すとは思わなかった、三万円は弁護料の一部として受け取った、と」をそれぞれ加え、一行目の後の「岸が」を削る。

6  同九枚目表五行目の末尾に「また、乙山も勾留中で、同人から取材することも不可能であった。」を、同行の次に行を改めて次のとおりそれぞれ加える。

「4 過失相殺

仮に以上の主張が理由がないとしても、被控訴人は、甲野の刑事事件の弁護上特に必要もなかったにもかかわらず、丙川に調書類のコピーを交付したものであって、右行為は弁護士として極めて軽率であり、非難されてもやむを得ないものである。右行為が本件記事記載の発端になったものであるから、損害賠償額の算定にあたってはこの点を考慮すべきである。」

7  同七枚目裏四行目の「どうするかも」を「これを乙山に交付することも」と、同行の「甲野が」から六行目の「なので」までを「本件記事によると、乙山は当時警察署に留置されていた甲野に電話をかけて同人は威迫したとされているが、勾留中の被疑者に対してそのような行為をすることは本来あり得ないことなので」と、七行目の「ある」を「あった」とそれぞれ改め、同一〇枚目表五行目の「被告人」の、前に「被控訴人の弁護する」を加える。

8  同一一枚目表六行目の次に行を改め、次のとおり加える。

「報道された事実を真実と信ずる相当の理由の有無は、報道された者の社会的地位、特に公人性の程度、報道された内容の右の者に対する影響の重大性、報道された者の受けた被害の回復の難易、報道の内容の客観的重要性及び民事責任を課せられることによって報道側が被る打撃の程度等の諸事情との総合的な比較衡量に基づいて判断すべきものであるところ、本件記事に係る事実の報道は、緊急性を欠き、また、被控訴人は政治家のような高度の公人性を有する人物でもないのであるから、右報道に係る事実の真実性を信ずる理由の相当性としては比較的高度のものが要求されるものといわなければならない。ところで、本件記事について控訴人が行った取材の大部分は、客観性の不明確な検察官の非公式な発言を対象とするものであり、そのほかには乙山の公判における甲野の証言の傍聴と被控訴人本人からの取材をしているにすぎない。右甲野の証言で被控訴人の行為に関係するものは、調書が乙山に渡ったのは被控訴人からだと思う、という点と、乙山に調書を渡していいとは言っていない、という点のみであるが、これらは被控訴人が調書が乙山に渡ることを知っていたことを根拠づけるものではなく、検察官も、尋問において被控訴人の行為を追及するようなことは全くしていない。また、被控訴人に対する取材も、突然の取材に対する被控訴人の応対に若干の混乱があったこと等をとらえて、一方的に真実性の裏付けが得られたとするものである。したがって、控訴人に真実性を信ずるについて相当の理由があったということはできない。

9  抗弁4の主張は争う。」

〔証拠〕〈省略〉

理由

一  請求原因1の事実(被控訴人及び控訴人の業務・事業内容)、同2のうち、(一)、(二)の事実(本件記事の掲載、その内容)は当事者間に争いがない。

本件記事の内容の概要は、〈1〉弁護士である被控訴人は、覚せい剤不法所持の現行犯で逮捕された甲野の弁護人に選任されていたところ、昭和五五年一一月末ころBという人物から依頼を受け、謄写した甲野の供述調書等を三万円の謝礼を受けてBに貸与したが、Bは甲野の共犯で逃走中だった暴力団員乙山から右供述調書等の入手を頼まれていたもので、右供述調書等のコピーがBを通じて乙山の手に渡った結果、乙山は勾留中の甲野やその他の事件の関係者に対してひそかに自己に有利になるよう供述を変更させようとして威迫的言動に出た、〈2〉乙山はその後逮捕され、公判で起訴事実を全面否認したので、検察側は同人に対する供述調書等の漏洩問題を取り上げ、公判に証人として出廷した甲野に問いただした、〈3〉東京地検は、被控訴人の行為が刑事訴訟法四七条に違反するほか、弁護士法二三条にも触れる疑いが強いと見ており、調書漏洩の詳細を公判廷で明らかにする方針である、というものであり、その大見出しとして「また弁護士が“黒い失点”」、見出しとして「謝礼金?も受け取った」、「地検、違法だと追及」などの文言が用いられている。なお、いわゆるリード部分を読むと、右大見出しに「また弁護士が」云々とあるのは、法曹界で贈収賄事件等の不祥事が相次いでいる当時の状況下で、という趣旨で用いられた字句であることが明らかである。

右によれば、本件記事は、被控訴人が現に検察側から刑事責任を追及されていることを報道するものではないが、少なくとも弁護士法違反の点は被控訴人の行為が刑法一三四条一項の罪に該当する疑いがあることを報じたことに帰着するものであるし、また、本件のような一般日刊紙上の記事が個人の名誉を毀損するものであるかどうかを評価する場合には、本文記事及びリード部分の内容のほか、見出しの文言・配置及び活字の大きさ、写真、記事が紙面において占める位置及び大きさ等を総合的に勘案し、一般読者の普通の注意、関心と通常の読み方を基準として、当該記事全体が与える印象によって判断するのが相当であるところ、本件記事を子細に読むと、明示的には、被控訴人の行為としては被控訴人が謝礼を受け取って前記供述調書等を貸与したこと自体を報道しているものであって、その際被控訴人が右書類が乙山の手に渡ることを認識していたことを報道するものではないが、前記のような大見出し及び見出しを掲げているほか、被控訴人の顔写真をも掲載し、いわゆる社会面のトップ記事とされていることは前記のとおりであり、これからすれば、右記事は、被控訴人が前記供述調書等が乙山の手に渡ることを予見しながらこれを貸与したとの印象を一般読者に抱かせ、かつ、被控訴人の行為を犯罪又は刑事裁判の適正を害する結果を招きかねないような重大な職業倫理違反行為に当たるものとして論評したものと評価することができる。したがって、本件記事によって被控訴人の名誉が毀損され、その弁護士としての社会的信用が著しく害されたことは明らかである。

二  そこで、抗弁について判断する。

1  新聞記事が他人の名誉を毀損する内容のものであっても、右記事を掲載することが、公共の利害に関する事実に係り、専ら公益を図る目的に出た場合において、摘示された事実が真実であることが証明されたときは、右行為は違法性を欠くものというべきであり、また、右事実が真実であることが証明されなくても、行為者においてこれを真実と信ずるについて相当の理由があったときは、右行為は故意及び過失を欠くものというべきであって、右のいずれのときにも不法行為は成立しない。

弁護士は、ひろく法律事務を取り扱って国民の法律生活に関与することにより、基本的人権の擁護や社会正義の実現を図ることをその使命とし、その職務の遂行について高度の職業倫理が要求される職業である。したがって、その職務上の活動が適正にされているかどうかが公共の利害に関する事実に当たることは明らかである。

〈証拠〉によれば、当時司法記者クラブで控訴人のキャップをしていた滝鼻は、部下の岸から、覚せい剤不法所持事件をめぐって、被疑者の供述調書が逃走中の共犯者である暴力団員の手に渡り、右供述調書の内容に関して右暴力団員が供述をした被疑者や参考人の父親に対して脅迫的な電話を掛ける事件があったこと、その供述調書が右被疑者の弁護を担当していた被控訴人の手を通じて右暴力団員に渡ったことを報告され、被控訴人の行為は犯罪でないにせよ弁護士としての職業倫理に反し社会的に強く非難されるべきだと判断し、本件記事を掲載することにしたことが認められる。したがって、本件記事は専ら公益を図る目的で掲載されたものというべきである。

2  本件記事の内容が真実であるかどうか、また、それが仮に真実でないとすれば、控訴人側にこれを真実と信ずる相当の理由があったかどうかを検討する。

〈証拠〉によれば、次の各事実が認められ、〈証拠判断略〉。

〈1〉  丙川(本件記事における「B」)は暴力団飯島連合会に所属していたが、昭和五五年当時同会に所属していた甲野とは兄弟分の関係にあり、種々甲野の面倒をみていた。また、乙山は暴力団住吉連合音羽一家川崎組の中堅幹部で、丙川とは昭和五〇年ころからの知合いであった関係上、乙山と甲野も付合いがあった。被控訴人は、昭和五三年ころ、鉄砲刀剣類所持等取締法違反事件で丙川の弁護人となったのを機会に同人と知り合い、その後、昭和五四年二月ころ、甲野が覚せい剤事件で新宿警察署に逮捕された際、丙川の紹介により甲野の弁護人を務め、更にその後昭和五五年秋ころにも、丙川から、同人自身及び同人の知人である戊田五郎、山川太郎の刑事事件(ただし丙川については起訴に至らなかった。)の弁護を依頼されたが、丙川との間においては、弁護料について明確な金額等の取決めはなく、後記の甲野の事件の弁護料をも併せて、その都度都合のついた金額を受け取るというやり方であった。なお、被控訴人は、暴力団関係の刑事事件の弁護人の経験が比較的多かった。

〈2〉  甲野は、昭和五五年一〇月二二日乙山のマンション居室で覚せい剤所持の現行犯として逮捕された。右覚せい剤は実際は乙山のもので、逃亡中の乙山は甲野のために弁護人をつけてやったが、甲野は丙川に対し別の適当な弁護士の紹介を求めたので、丙川は被控訴人を紹介して甲野の弁護人とする一方、自分の妻か甲野の妻を介して甲野に対し、乙山が事件に関与していることは当分警察側に隠しておくように指示した。甲野は、当初は、第三者から預かった覚せい剤を持って乙山を訪ねたところを逮捕されたのだと供述していたが、同月二七日司法警察員の取調べを受けた際、それまで否定していた乙山の関与を認め、所持していた覚せい剤は実は乙山のものであると供述を変えるに至った。逃亡中の乙山は丙川と度々連絡を取っていたが、丙川から、期待に反して甲野が乙山の関与を供述していることを聞かされたので、丙川に対し、「甲野の供述調書が見られたら見て、供述内容を調べてくれ。」と頼んだ。また、丙川は被控訴人に対し、「乙山は近々警察に出頭する。」と述べていた。

〈3〉被控訴人は、甲野と接見したところ、同人が所持していた覚せい剤に対する支配関係、覚せい剤であることについての認識の有無などについて、同人の供述に矛盾変転があり、かつ、甲野の境遇等からして八五グラム余りもの覚せい剤を自らのものとして所持しうるはずがないとの疑問もあったので、事実関係を詳しく調査する必要があると感じて事件記録の謄写を申請し、同年一一月二六日ころまでに甲野の供述調書等の謄写を終えた。一方丙川は、かねてから被控訴人に対し、「前科のある甲野が大量の覚せい剤を所持していて逮捕されたので、自分としても同人を助けるためできるだけのことをしてやりたい。事件の内容を詳しく知って、弁護の手助けをしたいので、事件記録を見せてほしい。」と言っていたが、右記録謄写が終わった数日後に被控訴人の事務所を訪れ、被控訴人から右謄写に係る甲野の供述調書等を借り受けた。なお、丙川は同月二一日被控訴人に対し三万円を支払っている。

〈4〉  丙川は、被控訴人から貸与された右供述調書等を再コピーし、これを潜伏中の乙山に渡した。その後、甲野の妻が滝野川署に電話を掛け、同署に勾留され接見を禁止されていた甲野を呼び出してもらい、甲野が電話口に出ると、乙山に代わった。乙山は、甲野に対し、同人の供述調書等を入手したことを明らかにした上、同人が覚せい剤は乙山のものである旨供述していることを詰問した。

〈5〉  乙山は、その後前記覚せい剤所持の容疑で逮捕、起訴されたが、公訴事実を否認し、被控訴人は本件記事によりその行為が問題にされるまで、その弁護人を務めていた。

〈6〉  丙川は、昭和五六年三月ころ本件の供述調書等貸与の件について検察庁に任意出頭を求められ、検察官から参考人として事情を聴取され、供述調書を録取されたが、その際、被控訴人は前記供述調書等が乙山の手に渡ることを知っていたと供述した。

〈7〉  岸は、同年三月末か四月初めころ、東京地検の検察官から、暴力団員の覚せい剤事件で、従犯の担当弁護士が謝礼三万円を受け取って従犯の検事調書等を逃亡中の主犯に横流しした事実があること、その弁護士とは被控訴人であり、主犯は乙山、従犯は甲野であること、この事実は別の暴力団員がその供述調書のコピーを所持しているのが発見されたことが端緒となって明るみに出たもので、東京地検は、甲野、丙川からの事情聴取により事実関係を把握したが、被控訴人の行為を刑事訴訟法の趣旨にも反する遺憾な行為と考えており、乙山に対する公判において被控訴人を糾弾する意向であることを聞知した。岸は、東京地検の他の検察官や東京高等検察庁、最高検察庁の検察官にも取材して、被控訴人が逃亡中の乙山の手に渡ることを知りながら甲野の供述調書を丙川に渡したとすれば、刑事訴訟法四七条に違反し、弁護士法違反の疑いもあるとの意見を得た。乙山に対する公判において、覚せい剤が乙山のものであるかどうかが争点になり、同年五月二二日の第二回公判で甲野が証人として証言したが、同人は従前の供述を翻し、覚せい剤は乙山のものではなく自分のものであると述べた。その際、立会検察官は甲野を尋問し、甲野の勾留中乙山から電話があり、甲野の供述調書等を入手している、でたらめを言うな、という趣旨のことを言われ、暗に供述を変えるよう唆されたことを認めさせ、また、甲野としては右供述調書等は被控訴人を通じて乙山の手に渡ったと推測しているが、それについて承諾を与えたことはない旨の証言を得た。右公判を傍聴した岸は、その直後に裁判所の廊下で被控訴人に供述調書貸与の件につき取材したところ、被控訴人は、丙川が乙山は近々警察に出頭すると言っていたし、甲野と丙川とは兄弟同然なので貸したが、まさか乙山の手に渡るとは思わなかったと述べ、また、丙川から受け取った三万円の趣旨について、いったんはコピー代だと言ったが、それにしては高すぎるではないかと追及されて、甲野の弁護料の一部だと説明を変えた。

〈8〉  岸の取材の結果について報告を受けた滝鼻は、同月二三日被控訴人から求められて面接した際、自らも一時間位にわたり甲野の供述調書等の貸与の経緯等について取材したが、被控訴人の説明の内容は岸の取材の際の応答とほぼ同趣旨で、逃亡中の乙山が出頭するというし、丙川も甲野の家族同然で、事件の経緯を知りたいというので便宜を計ったが、乙山にコピーを渡すとは思わなかった、丙川から受け取った三万円は弁護料の一部だ、というものであった。

〈9〉  本件記事が掲載された後の同年七月二日に開かれた乙山の第四回公判の被告人質問において、立会検察官は乙山に、丙川に対し弁護士に頼んで甲野の供述調書を入手してくれと依頼したこと、右供述調書を入手して勾留中の甲野に電話をし、「本当のことを言ってくれ。」と言ったこと、同じく供述調書を入手した他の関係者の父親にも同様の趣旨の電話を掛けたことを供述させた。同月二三日の第五回公判期日における論告でも、被告人乙山が弁護士を介して供述調書を入手した事実の指摘があったが、被控訴人の名前を挙げたり、被控訴人の行為をより具体的に述べて非難する等のことはなかった。

なお、前記岸証言中には、検察官から、被控訴人は甲野の供述調書等を丙川に貸与する際、乙山が逮捕されたときに供述調書のコピーを持っているとまずいから、見せるだけにしてくれ、と言った旨聞いたとの供述があるが、この点について前記丙川証言中には、被控訴人が供述調書を貸し渋るような態度だったので、すぐ返すからと言って「ふんだくるような形で」借りたとの供述があるにとどまるのであって、右岸の証言のみでは被控訴人が前記のような発言をした事実を認めるに足りず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

また、前記三万円の交付の趣旨の点については、前記のように丙川と被控訴人との間では甲野その他の弁護料の支払いの未決済分があったこと、検察官の非公式な談話からの取材では、金員交付の趣旨のような微妙な事柄については客観的事実と推測との混同を生ずるおそれがないとはいえないこと(前記岸、滝鼻証言によれば、滝鼻は本件について岸から取材結果の報告を受けた際、右金員交付の趣旨の点について特に確認の必要があると考えて岸に再取材を命じ、岸は、丙川のこの点に関する供述の内容に詳しい東京地検の検察官から更に右金員に関する丙川の供述の内容を取材し、その結果、同人は、被控訴人が供述調書等のコピーを渡す際「コピー代も高くかかるからな。」と言ったので乙山の友人から預かってきた三万円をお礼ですと言って渡した旨供述しているとの情報を得たことが認められるが、さしたる金額になるとは思えないコピー代にかこつけて謝礼を催促したという点でも、コピーを受け取る際になって催促されて謝礼を渡したという点でも、右供述内容自体やや不自然であって、丙川の検察官に対する供述の趣旨を正確に再現しているかどうか疑いをさしはさむ余地があり、むしろ、丙川の前記証言にあるように、供述調書の貸与を頼むのに際して、滞っている弁護料の支払いをしたという方により真実味が感じられ、前記認定のような三万円授受の時期の点からいっても、右取材に係る供述内容をそのまま措信することはできない。)、被控訴人に対する前記取材は、公判終了直後の緊張から解き放された際に裁判所の廊下で突然に行われたもので、これに対する応答に多少首尾一貫しないところがあっても、これをもって直ちに事実を隠蔽しようとしたためであると断ずるのは相当でないこと等を考慮すると、岸の取材の結果から直ちに右金員を供述調書等貸与の謝礼と断定することはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

そのほか、被控訴人が供述調書等の貸与にあたり、それが乙山の手に渡ることを認識していたことを認めるに足りる証拠はない。

以上によれば、丙川から被控訴人に渡された三万円が供述調書等の貸与に対する謝礼であったかどうかの点、ひいては、被控訴人が乙山の手に渡ることを予測しつつ供述調書等を貸与したかどうかの点については本件記事の報道が真実であると認めることはできないが、その他の点では、客観的な事実関係はほぼ本件記事で報道されたとおりであり、被控訴人が丙川に供述調書等のコピーを貸与したことが、乙山が甲野に対しひそかに供述の変更を要求するに至る契機になったものである。

2  次に、本件記事から読み取られる、右供述調書の交付が被控訴人において乙山の手に渡ることを認識しながら、三万円の謝礼の交付を受けてされたとの点について、控訴人側にこれを真実であると信ずる相当の理由があったかどうかを検討する。

前記認定事実によれば、甲野の被疑事実は同人が乙山のマンション居室で覚せい剤を所持していたというものであり、甲野の罪責については、当該覚せい剤が甲野又は乙山のどちらに帰属するかが重大な争点であって、その乙山は逃亡中であったから、暴力団関係事件の弁護を相当手がけており、その内部事情にも相当精通していると推認される被控訴人は、甲野の弁護人として乙山に対しては特に深い関心を持っていたと考えられるところ、丙川は被控訴人に対し乙山の出頭を予告しているのであるから、被控訴人としても、乙山と丙川との間に連絡があることについて明確な認識を有していたはずである。また、丙川が被控訴人に対し供述調書等の貸与を求める理由として述べたところは、丙川が甲野の被疑事件の直接の関係者でも法律の専門家でもないことからすると、かなり不自然であり、被控訴人としては前記の経験に徴してもその動機に不審を抱いてしかるべきではなかったかとの感は否み難い。しかも、丙川は検察官に対し被控訴人において供述調書等が乙山の手に渡ることを知っていた旨供述していたのである。以上に加えて、右三万円の趣旨について岸が検察官から再度にわたって前記のような説明を受け、また、この点につき岸の取材に対する被控訴人の弁明が前記の特殊な状況下にあったとしても不明確なものであったこと、本件が報道されるまで、弁護の最も重要な点において現に弁護に当たっていた甲野と利害の反する乙山の弁護人を務めていたこと等、被控訴人の本件に対する態度には甚だ不透明な理解し難いものが見受けられること、前記岸、滝鼻証言によれば、本件記事掲載の際、控訴人は丙川からも取材しようと努めたが、所在不明でこれを果たせなかったことが認められることをも併せ考えると、一般に本件記事のように他人の名誉を傷つけ、その社会的地位に重大な影響を及ぼすような内容の新聞記事を掲載する場合には、その内容の真実性の調査について特に慎重であることが要請されることを考慮に入れても、控訴人側としては、被控訴人に前記のような認識があり、三万円は供述調書等の貸与の謝礼として授受されたものと信ずる相当の理由があったものというべきである。

以上によれば、被控訴人が乙山の手に渡ることを認識しつつ甲野の供述調書等を貸与したとの印象を与える報道をした点については、控訴人は免責されるものというべきである。

3  ところで、本件記事の内容は、被控訴人の行為を刑事訴訟法、弁護士法に違反するもの、あるいは違反する疑いのあるものとし、また、弁護士としての職業倫理に反する行為であるとの印象を与えるものであるから、このような法的評価の妥当性及びこの点について控訴人の責任が問われるべきかどうかの点を検討する(なお、刑事訴訟法及び弁護士法違反の点は、本件記事において検察庁の見解がそのようなものである旨報道されているものであるが、右は検察庁の公式見解として発表されたものではなく、数人の検察官が表明した意見にすぎないのであるから、これを報道することによる名誉毀損について、報道機関たる控訴人は、右のように検察庁の見解を報道するという形態をとったことをもって直ちに免責されるものとはいい難い。)。

公共の利害に関する事項についての論評を公表した場合において、その内容が客観的にみて正当といえなくても、右論評がこれを基礎付ける事実を摘示してされ、その事実が真実であるか、これを真実と信ずる相当の理由があり、したがってこれを摘示することがそれ自体不法行為とならないときは、右摘示された事実と著しく権衡を欠きことさら不当な誹ぼうを目的としてされたものと認められない限り、当該論評は違法性を欠くものというべきである。

まず刑事訴訟法四七条違反の点について考えるに、同条は、刑事訴訟に関する記録が公判開廷前に公開されることによって、訴訟関係人の名誉を毀損し、公序良俗を害し、又は裁判に対する不当な影響を引き起こすことを防止するために、そのような時期に訴訟関係書類を公にすることを原則として禁止した規定である(最高裁判所昭和二八年七月一八日判決・刑集七巻七号一五四七頁参照)。しかし、前記事実によれば、被控訴人は、甲野の兄弟分で、甲野に自分を弁護士として紹介した丙川から、甲野のために事件の関係書類を検討してみたいと言われ、これを信じて同人に供述調書等を渡したものであり、控訴人側が信じたように右書類が乙山の手に渡ることを被控訴人が認識していたことを前提としても、不特定多数の者に対してこれを開示したものではなく、また、そのような開示を予測して右供述調書等を渡したものでもないから、その行為は右規定には抵触するものとはいえない。

もっとも、逃亡中の乙山の手に右供述調書等が渡ることは、同人がこれに対処して自己の罪責を免れ又は軽減するための手段を講ずることを容易にし、前記のような本件覚せい剤不法所持事件に関する甲野と乙山との利害の対立関係からして、被控訴人の依頼人である甲野の不利益を招く可能性があるから、控訴人側が信じたように、被控訴人が乙山の手に渡ることを予想しつつ右供述調書等を丙川に渡したとすれば、前記規定の趣旨からしても、それは弁護士としての職業倫理に反する行為であるといわなければならない(付言するに、現実に乙山が行ったように接見を禁止されて勾留されている甲野に対し電話で威迫を加えるようなことは、勾留の執行が厳正に行われていれば、これを防止することが可能であり、このような行為を被控訴人が予測し得たとは考えにくいが、乙山が自己の罪責を免れ又は軽減するために採りうる手段は右に限定されるものではないから、この点は被控訴人の行為に対する評価を左右するものではない。)。

次に弁護士法二三条違反の点について考えるに、同条は、弁護士の依頼者等に対する秘密保持の義務を定めたものであり、その違反は刑法一三四条一項に触れることになるが、右弁護士法及び刑法の規定は、客観的に見て、当該事実を他人に知られないことについて本人が相当の利益を有する場合、この利益を保護しようとするものであるところ、甲野の供述調書の内容は既に捜査官に対して開示されており、いずれは公判でも開示されることが予定されているのであるから、一般的にはこれを漏らすことが直ちに前記各規定に反するとはいい難い。しかしながら、本件においては、前記のように逃亡中の乙山に甲野の供述内容を知らせることは甲野の不利益を招くおそれがないとはいえず、甲野としても、前記のように丙川から受けていた乙山の関与を秘匿するようにとの指示との関係からいっても、当時の段階で右供述調書の内容を乙山に知られることを望んでいなかったものと推測されるのであるから、控訴人側が信じたように甲野の供述調書が乙山の手に渡ることを被控訴人が知っていたことを前提とすると、その貸与行為は職務上知り得た甲野の秘密の漏洩に当たり、前記規定に違反するものというべきである。

以上のとおり、本件記事における論評のうち、被控訴人の行為が刑事訴訟法に違反するとした点は、法解釈の上からいうと正当な論評といえないが、その評価の前提たる事実関係は本件記事自体において明らかにされており、それが真実又は真実と信ずる相当の理由のある事実であること、右法規違反の評価が不当な誹ぼうを目的としてされたものでないことは前記認定事実から明らかであり、また、その内容が前提たる事実関係との対比において著しく権衡を欠くものであるということもできないから、右法解釈の誤りの故をもって本件記事の掲載を違法と評価すべきものとはいい難く、その他の点では、控訴人が相当の理由により真実と信じた事実関係を前提とする限り、右論評は不当とはいえない。

三  以上によれば、控訴人は本件記事の掲載につき不法行為上の責任を負わないものというべきであり、被控訴人の本訴請求は理由がない。よって、原判決中控訴人の敗訴部分を取り消し、被控訴人の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 丹野 達 裁判官 加茂紀久男 裁判官 新城雅夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例